正岡子規は、小学校へ入学する前の6歳から、母方の祖父・大原観山の塾へ通い、漢文の読み方を習った。
観山にとっ子規は初孫であり、大変に可愛がり、覚えのよい子規の将来に期待して、熱心に指導した。
子規もまた、この祖父を尊敬し、大きくなったら祖父のような立派な学者になりたいと思い、一生懸命に勉強した。
幼少時から子規に多大の感化を与えた祖父・観山は、明治8年、子規9歳のとき世を去った。
加藤拓川は、正岡子規の母・八重の弟、大原観山の三男である。この家は拓川の生家でもある。
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